おじ語り

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獣の奏者を読んだらペットについて考えさせられた

コミック版『獣の奏者』を読んだ

獣の奏者という漫画を読みました。

ファンタジー小説が原作のようで、なんと以前にはNHKでアニメ化もしていたらしいです。どちらも知りませんでしたが、なかなか面白かったです。

まだ一通りざっと読んだだけですが、タイトルの通り、この話の中心になるのは、『獣』とその『奏者』。

出てくる重要な『獣』は2種で、オオトカゲっぽい『闘蛇』と空飛ぶ巨大狼みたいなかわいい『王獣』です。

どっちも超強い。闘蛇は人が乗って戦争に使えばもはや敵無しみたいな武力を誇る。

王獣はその闘蛇を餌にしちゃうくらいだから更にヤバい。毛が硬くなって矢を弾いたりするくらい無敵。でも人には決して慣れないと言われている。

そして主人公であるエリンは出自がかなり複雑でけっこう辛い幼少期を送るのですが、動物への興味がとにかく強く、才能にあふれる女の子です。

そんなエリン、ある日から王獣の世話をすることになります。

エリンは今まで当然だと思われていた飼育法をとらず、独自の飼育法を編み出し、ついには竪琴を使って王獣との意思の疎通が出来るようになるんですね。これは作中では世界を揺るがすようなとんでもないことです。

ここで読者としては、エリンと王獣の心が繋がったぞ!やったー!となるわけですが、この物語はそんなに甘くはない。

ある程度意思の疎通が出来ると王獣にも人間的な感覚があるんじゃないだろうかと思ってしまうのですが、やっぱりそこは人間と動物。

根本的に理解できる部分できない部分。絶対的に違うところというのがどうしてもあるんですよねー。

そうして、主人公は人間と王獣の間に挟まれて(ほとんど人間側の問題だけど)、ゴタゴタに巻き込まれていくという話の展開でした。

動物との絆ってあるのかな

ペットを飼育したことある人は皆考えたことあると思うんです。

この子は人間のこと(自分たちのこと)をどこまでわかっているんだろう。人の識別はしているのかな。好きとか嫌いとかの感情はあるのかな?

といったような疑問の数々。

実家の猫なんかは妹には大人しいですけど、僕の足には飛びかかって噛み付いてきますので、人の識別は間違いなくしていると思います。それか僕の足が特別美味しいかどっちか。

犬も相手によって吠えたり、吠えなかったり。

じゃあその行動の源泉ってなんなんだろう、動物ってどこまで豊かな感情を持っているんだろうみたいなことを読みながら思いました。

多分作者は動物好きな気がします。人間と動物は本来どうあるべきなのかみたいなことを悩んでいるのかなと感じます。

基本的にこの作品は「動物は純粋かつ単純な存在で、人間が『絆』と思っているようなものはわからないよ」ってスタンスなのかなと思って読み進めましたが、最終的に「いや、実はあるのかもよ」という着地をさせてくれました。

作中では『野生動物と飼育されている動物の違い』みたいな重要な描写が出てきますが、ここで僕は人がペットを飼うということについて通じるものがあるなという感想を持ちました。

僕もペットは飼っていますが、これは人間のエゴだと思っていますし、実際にペット文化なんて滅べと思っている人もいるでしょう。

それでも俺は動物を飼いたいんだ!という自分勝手な自分を認めた先に幸せペットライフが待っていると思うんですよね。仕方ない、これが人間ですよ。動物のいる暮らしは幸福になりますからね。

俺が愛でるためだけに飼われている動物には感謝の気持ちが必須。飼ったからには、なるたけ快適な生活を提供してあげようという姿勢。

難しい問題ですけど、とりあえず大事なのは自分の気持ちでいいんじゃないですかね。たとえヤモリと見つめ合っている時でも自分が絆を感じたなら、それはそれでハッピーじゃないですか。

愛情なんて一方通行でもいいんですから。ペット文化のスタートがエゴであろうと正しい愛を注げるだけ注いだら人間と違って迷惑そうな顔はしないと思います。

もちろん近年問題になっている悪質ブリーダー等は断罪されるべきだし、痛ましいことが起きないような時代に合った法整備はガンガンするべきだと思います。選挙で良いこと言うようなら僕はその党に投票しますよ。

『獣の奏者』を読んで人とペットの関係について考えました。説教臭い作品ではまったくないので気になる人はぜひ読んでみてください。王獣かわいいです。

読む人によって全然違った感想になるかもしれないなとは思います。

おじーでした。