一生モノ(物)が何もない
はてなブログの今週のお題が「一生モノ」ですって。
どうしましょうね、僕は幼い頃から親父に「形ある物はいつか必ず壊れる」と教えられて育ってきたので、物への執着心がほぼ無いんですよね。
自分の夢をいっぱい詰め込んで建てた家でさえ、市から「新しい家を十二分に建てられる金をやるから立ち退け」と言われたら出ていくことさえやぶさかではありませんもん。
なので所持品でこれは一生大事にしたい!と思うものは何もありません。
大切な物は全て俺の心の中に詰まっているんや!
しかし、考えてみると人の大事な物ってのは心とリンクしているというか、何かの事象について思いを馳せるきっかけになるものが多いんじゃないかと思うんですよね。
大切な人から貰った物だとか、人生の転機で活躍した物、それこそ形見とか。
見て手に取ればその瞬間のことを思い出すことが出来るから大切にしたい。そんなものが多いんじゃなかろうかと勝手に考えています。
その機能で考える時、一番強力なアイテムってやっぱり写真じゃないかと思います。
まさに瞬間を切り取ったもののわけですからね。それを見れば「あぁ、この時はこうだった…」みたいなことを一番鮮明に思い出せると思うんですよ。若干直接的すぎて趣に欠けるかもしれませんが。
しかし、今は写真と言えばデジタルの時代。現像というか印刷なんてほぼせず、データ保存が一般的です。
そうするとGoogleアカウントは一生モノであってもらわないと困るんじゃなかろうか。
Googleフォトに蓄積されていく思い出
Googleフォトって凄い便利ですよね。スマホで撮った写真がどんどん勝手にクラウド上に保存されていく。
自分のアカウントを見たらスマホどころか大昔のガラケー時代に撮った写真も一部保存されていました。一番昔まで遡ったら2006年の動画データとかありましたよ。これもはや歴史的資料とすら言えるじゃないか。さすがにここまで来たら一生大事にしたいですね。
たとえスマホの機種変をしてもGoogleアカウントさえ引き継いでいれば思い出の蓄積は続いていくという。僕は課金しているので100GBまで保存できますが、それだけあればおそらくあと40年くらいは余裕でいけるだろ。じゃあ生涯大丈夫だな。
この連続性のある写真&動画のデータは一生モノであって欲しいなーと思いますねぇ。10年後に振り返る時とかに便利じゃないですか。この時ここ行ってこんなことしてたなー。とか言っちゃって。
うーん、Googleフォトよ永遠であれ。
しかしIT分野なんて盛者必衰が凄いから先のことがわからないのが怖いところですよね。ちょっとまだ想像出来ないけどGoogleやApple、Amazonの天下だっていつまでも続くわけではないんでしょう。
まぁ20年前は世界がこんなに便利なことになっているなんてわからんかったしな。
20年後はスマホで写真を見るなんてこともなくなっているのかもしれない。やはりみんなで脳みそになんか埋め込んじゃうのかな。一応覚悟しとくか。
科学技術の発展を楽しみにしておくとしましょう。
おじーでした。
今週のお題「一生モノ」