普通に登山だ伏見稲荷大社
このあいだ京都屈指のインスタ映えスポットである伏見稲荷に行ってきたんですよ。
SNSで画像を見たことはあって、イメージとしてはインスタグラマーが「まじばえー」ってキャッキャウフフ言いながら、パシャパシャ写真を撮っているというところなのかと思っていました。
僕が間違っていました、ごめんなさい。
たしかに稲荷駅を降りてすぐ、本殿のあたり、有名な綺麗な朱色の千本鳥居。佇むかわいいキツネたち。兄弟なのか似たような猫がウロウロ、そんな雰囲気もありました。
しかし鳥居に誘われ歩いていくと、階段に次ぐ斜面に次ぐ階段。案内図を見てなるほど、伏見稲荷大社とは山であったのかと納得します。
そのスケールのデカさに、浅はかなイメージ、偏見を持っていたことをキツネたちに謝りながらも登る登る。
日頃の運動不足がたたって、足にかなりの疲労感を覚えましたよ。
あんまり鳥居があるもんだからありがたみも麻痺し、だんだんと意識は自然へと向いていきます。神社と一緒に山のフレッシュな空気を吸いながら軽い運動まで出来るとは実にいい場所じゃないですか。
見晴らしも良かったですし、平日だからか人も少なかったです。


ちなみにこの鳥居たちは参道に約1万基あるらしいのですが、元々は願い事が通る、通った時に感謝の印として鳥居を奉納するという文化から増えていったそうです。
現在、その意味がどこまで維持しているかは分かりませんが、鳥居の数だけ感謝の気持ちがあったのだと考えるとさすがに物凄いところだなと思わざるを得ません。
パワースポットとかいう単語はなんか胡散臭くて好きではありませんが、願いを叶えた人々の感謝が集まった場所なんだなと考えるとちょっとほっこりした気分で歩けます。
そして今回驚いたのが伏見稲荷大社にある『おもかる石』ですよ。
完全にやられました。
おもかる石
伏見稲荷大社の奥社奉拝所にはおもかる石と呼ばれる物があります。
これが実に面白い。
灯籠の上に乗っている丸い石を持ち上げるのですが、ただ持ち上げるだけでなく、叶えたい願い事を強く念じながら持ち上げるんです。
それで持ち上げたときに、予想より軽かったら願い事は叶う、予想していたより重かったらなかなか難しいということがわかるんですね。
これを聞いて僕は思いました。
こんなんみんなを喜ばせようと見た目より軽い石を使っているに違いない。そうでなくては皆が悲しむだろう!と。
そんな軽い気持ちで挑戦してみたんです。
ブログのアクセス増えろー。おじ語り飛躍しろー。
念じながら石の重さを予想する。予想より軽ければいいんなら保険でちょっと重めに考えてやろう。これで勝利間違いなし。
ふんっ!エッ…エッ…
おっも!!
愕然としました。
ちょっと重めに予想したんですが、更にその2.5倍くらい重かった。
落とすのを躊躇ってすぐに戻したレベルです。
ちょっと厳しくないですか!?
多分伏見稲荷さんはこう言いたいんだと思います。
「願い事がそんな簡単に叶うわけなかろう。もっと努力せい」と。
はい、精進いたします…
でもですね!この重かった気持ちを誰かと共有したいと思ってgoogleでおもかる石について世間の声を見てみたんですよ。
そしたら、
「思ったより軽かった」とか「まるで紙のようであったわ」とかいう声がチラホラあるんです!
いや、お前らきんに君かよ。
そんなわけないだろうよ!世界が俺を騙そうとしている!なんて思いつつも、実は本当におもかる石には謎のテクノロジーが搭載されていて、願いの難度とその人の潜在能力に応じてその性質を変えるとかだったらロマンがあるなと思いました。
でも僕はかなり重く感じたので、そんなロマンよりも軽く感じた人はただの力持ちか、予想が重すぎただけであると信じたいです。
試練への心構えが反映される
むしろ今書いていて思いついたのはこの説。
石を持ち上げるのはある種の試練というか困難のようなものです。この石はまさに叶えたいと願っている事柄の分身。
僕は最初おもかる石を心の中で軽いのではないかと考えていました。どうせ大したことないだろうと。
僕は試練に対し、軽い気持ちで臨む性質がある。考えが甘い。そう言い換えることが出来るかもしれません。そして実際に挑戦してみると考えていたよりも物事は難しくて失敗してしまう。
逆におもかる石をとても重いと考える人は、試練を大きなものと捉える性質。
油断せずに用意周到に事に当たることが多いとかそういうことにつながるのかな。
なんだかそんな気がしてきました。
これがおもかる石のテクノロジーの謎じゃないだろうか。
ただケースバイケースですよね。気楽なの人はフットワークが軽かったりしますし。
なんで僕は勝手に深読みして、勝手に言い訳しているのでしょうか。
とにかくおもかる石。僕には重かったけど面白かったです。
アクセスアップも飛躍もしないですが、ブログは続けます。
おじーでした。