おじ語り

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3月9日が卒業ソングの定番なのは卒業ソングじゃないから

3月9日は卒業ソングじゃないという衝撃

卒業アルバムを見る男子生徒のイラスト

朝ニュースを眺めていたらなんか卒業ソングに関する記事がやたら多い。そうか、今日は3月9日か。

prtimes.jp

こういったランキング形式になっている記事ってついつい見がち。卒業ソングランキング栄えある1位は2005年にリリースされたレミオロメンの『3月9日』ですって。

たしかになぁ。もはや聴いたことない人はいないんじゃないかってくらい定番だよなって感想ですよね。実際にオリコンが調査した定番の卒業ソングランキングでは2007年~2011年の5連覇を果たし殿堂入りになっているそうです。

どんな歌詞だっけと思って調べた過程で衝撃の事実を知ってしまいました。

この3月9日という曲、実はレミオロメンが友達の結婚式をお祝いするために作った曲だと言うんですね。

はぁ?って思いましたが、歌詞を読んで凄く納得しました。

完全にこれ「人生大変なこともあるけど、2人なら乗り越えられるさ」って歌だわ。

じゃあなんで卒業ソングの定番になったんだろうって考えたら、むしろ卒業ソングって卒業ソングじゃない方がウケるんじゃないかって気がしてきました。

歌の意味は聴く側が決める

僕は今日まで3月9日は卒業ソングとして作られ、愛されてきた歌だと思っていました。多分僕と同じような人もかなり多いんじゃないでしょうか。

誕生は結婚を祝う歌だったとしても、なんとなく切なさと前向きさを感じるメロディライン、断片的ではありますが、桜・春・瞳をとじればあなたといったそれっぽいキーワードも相まって全く違和感がありません。

実際に卒業ソングとしての需要が圧倒的で売れてきた曲でしょうし、今更結婚式でこの歌を流したら参列者たちは「え?卒業式だっけ?クスクス」ってなるはずです。

ちょっと注意深く耳を傾ければ、卒業ソングに必須といってもいい『別れ』については一切触れられていません。結婚の曲なんだから当たり前です。曲の誕生の経緯を知った今はなるほどと思いますが。

結局は聴く側が卒業ソングだ!って言えば卒業ソングになるということですね。

実際にこの長い間、卒業ソングの定番として人気を博してきたのです。もし僕がレミオロメンだったら、「えぇ、3月9日はまごうことなき卒業ソングですよ」と前言を撤回し、結婚を祝った友人には裏で謝りますよ。

 

狙いにいった卒業ソングは若干すべる

卒業ソング需要って若者のパワーも相まって強いじゃないですか。1度卒業式で歌われようものなら、思い出補正もかかってずっと愛され聴かれ続けるみたいな。

というかレミオロメンも正直3月9日がヒットしなかったら、あぁ、あの粉雪って叫んでたバンドねって印象で終わっていたんじゃないかと思う。(ファンの人ごめんなさい)

というわけで、卒業ソングの新定番を狙うアーティストって多いと思うんです。目指せ第2のレミオロメン!的なテンションで。

でも僕みたいにねじ曲がった思考をしていると、「卒業してもズッ友だよ!」みたいな歌詞が散りばめられたThe卒業ソングをリリースされると、あっこいつら完全にレミオロメン2を狙ってるわっていう邪推がどうしても入っちゃうんですよね。

卒業ソングは若者たちの青春の集大成であるべき。みたいな考えもあるもんだから、やっぱりピュアさが欲しい。邪念を感じ取っちゃうともうちょっと違うわって。

言っちゃ悪いですけど、ミュージシャンなんて青春ともっとも離れたところにいますからね。爽やかにラブソング歌ったり、頑張るお父さんの歌を熱唱している裏ではなにしてるかわからんのですよ。彼らがピュアな卒業ソングを狙って作るのは至難の業に違いない。

その点、合唱曲として人気の『旅立ちの日に』は凄いですよ。

あれは作曲が音楽教師で作詞が校長先生。まさに教育現場の中で生まれた卒業ソングだから一切の邪念を感じない。あの域を普段恋愛のことばかり考えているミュージシャンが狙って作ろうとしても無理なんでしょうね。

3月9日に関して言えば、恋愛のことを考えて作っていたら、たまたま卒業ソングとして世間に受け入れられた的な力の抜け方と聴く側とのズレがむしろ奇跡的に良かったんじゃないかと思います。

完全に思いつきで各方面に好き勝手失礼なことをいいましたが、どうかお許しください。

おじーでした。