鬼滅の刃に対する謎考察
昨日見たネットニュースで鬼滅の刃についてちょっと首を傾げるような考察記事がありました。
一番引っかかったのが「鬼滅の刃を代表とした最近の漫画では、主人公の努力の過程が描かれることなく、急激に強くなる。」というところ。
僕は鬼滅の刃に関しては、アニメがHuluで公開されたら観るという実にライトな付き合い方をしていますが、そんな僕の記憶では修行のシーンはけっこうしっかり描かれていた気がします。
石を真っ二つに出来るようになるまで山で修行していましたし、瓢箪を肺活量パワーで割れるようになるまで修行したみたいな描写たしかありましたよね。
実はこれを語っている人もインタビュアーも、鬼滅の刃の知識は〇〇の呼吸ってのがあるらしいよくらい、国会で全集中って言った頃の菅前総理程度しかなく、最近流行ってるんだったら「異世界転生のチート剣士(元ヒキニート)、生まれ変わったら左小指だけで鬼倒しまくれる件について」みたいなもんだろうなという前提の下で語っているのではないかと思いました。
いや、やっぱり少年漫画は友情・努力・勝利無しに語れないでしょう。
少年漫画は少年が熱くなるものを
やっぱり少年少女はヒーローが好きじゃないですか。〇〇レンジャーとかプリキュアとか。
私利私欲のために色んな人に迷惑をかける悪者を倒すという構図は単純に燃えますもんね。
そうなると主人公は自ずと正義感の強い若者ですよ。若者なのは自己投影しやすいから。
最近だと悪には悪の正義があるっていう視点もけっこうよく見るんですけど、少年たちはそんなのはどうでもいいですよ。
アンパンマンが正義で、ばいきんまんは悪者。明快じゃないですか。
かびるんるんだって一生懸命に生きているだけじゃないか!みたいな主張はもう少し年取って捻くれてからでいいんです。
完全にバクマンの知識ですが、少年ジャンプは友情・努力・勝利の3要素を大事にしている的な描写があったかと思います。取り上げたニュースでは否定的でしたが、おそらく鬼滅の刃も友情・努力・勝利のど真ん中に位置するマンガなんじゃないでしょうか。
これは、おそらくジャンプだけじゃなくて少年漫画全体に言えることでしょう。
そのまま解釈すると友達っていいよね、努力って大切だよね、それらがあると最後は成功するんだよ。ってまるで道徳の教科書かな?といった印象になっちゃいますが、実際に少年たちはそういう要素に惹かれるってのはあると思いますし、大人としてもどうせならそういうマンガを読んで欲しいですよね。
逆に尖りすぎた内容で有害図書とかに指定されちゃったら、読みたくても親ブロックが入る可能性だってありますしね。
何の話でしたっけ。努力の過程の話でした。
最近の漫画は努力に過程がすっ飛ばされているって説、あれはむしろ青年以上向けだと思うんです。
異世界転生系の漫画
ここ数年ずっと流行っているジャンル「異世界転生」。
ニートでした。社畜でした。いじめられてました。みたいな人が暴走トラックに轢かれて死んじゃいます。ほいだらファンタジーの世界に凄い能力持って転生しました。第二の人生頑張るぞ!みたいなのがけっこう多いんですよね。
日々凄い数の作品が生み出されているので、まさに玉石混交って感じのジャンルではありますが、実はかなり面白い作品もたくさんあるので僕は好きだったりします。今は毎週アニメの『無職転生』更新を楽しみにしています。
たしかに、このジャンルは前世の知識で世界を変えちゃう!とか、よくわからん女神にとんでもない能力貰いました!とかで努力は一切しなくてもその世界では凄い人になるってことがザラにあるので、最近の流行りの漫画は努力の過程を描かない!っていう説が当てはまるとも言えるんです。
でも、この手の作品の支持者は、少年たちじゃなくて、まさに僕ら世代より上の人たち(30代以上)がメインらしいので、まぁそれはそれでいいんじゃないかなーと思うんですよ。
現実世界では、仕事も大変だし、友達とも会えないし、ちょっと現実逃避するためのツールとしては良いじゃないですか。努力の素晴らしさを突き付けられるとちょっと心が痛む気持ちもわかります。
ただここらへんの作品と、少年たちが熱狂する鬼滅のヒットとを同列に語るのは全然違うんじゃないかなと思いました。あれは友情・努力・勝利よ。王道って素晴らしい。
どうでもいい話ですが、あまりに冒頭のネットニュースに違和感を覚えたので語ってみた次第です。
おじーでした。